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沖縄の首里城の焼失した正殿、焼け残った大龍柱。2020/02/06 首里城は2019年10月31日未明火災発生、正殿と北殿、南殿が焼けた。 Great dragon pillars remain unburned.Large parts of Shuri Castle, a symbol of Okinawa Prefect-ure, were destroyed in a fire on Oct. 31, 2019. ☆焼け残る龍柱遠く春の風
BOSE59さん、早速のコメントありがとうございます。 現場はすこし焦げ臭さが漂って生々しい感じがしました。 シーサーと並んで、沖縄のシンボルとなっている大龍柱がポツンと立っているのがえも言わず哀れですね。
2020年03月04日15時51分
はなてふさん、コメントありがとうございます。 史料に基づいて厳密に復原するとなれば、資材の確保からして並大抵ではないでしょうね。 沖縄に行って金を落としたり、沖縄の物産を買ったりするのが簡単にできる協力でしょうね。
2020年03月04日16時35分
フンメルノートさん、コメントありがとうございます。 二度と撮ることのできない貴重なお写真ですね。 まさかあんなことが起きると誰も思っていないでしょう。 あとから考えるとあれも撮っておいた方が良かったと思うことがあります。
2020年03月04日22時18分
首里城、大龍柱のタグで他の方のお写真も拝見しました。 色彩豊かな華麗な建物だったのですね。 この龍柱が残るとは。 やはり木造は脆いですね。 キメラさまはイランのバムに行かれたのではありませんか。 後に地震で壊れたと思うのですが。 そう考えれば、ピサの斜塔も今のうちに写真に撮っておかれた方がいいかも。 でもまた復興を誓うのが人間の強さです。バムも復興作業が行われているそうですね。 どこにもそうしたあきらめない人々がいるのです。
2020年03月05日07時01分
旅鈴さん、コメントありがとうございます。 首里城公園のパンフレットには正殿の階段入口の左右に佇立している大龍柱が写っています。 2000年の年末から翌年の年初にかけて初めてイランを訪れましたが、時間がなくてバムには行っていません。その3年後2003年の12月26日に地震が発生して古代の要塞都市アルゲ・バムが甚大な被害を受けました。 バムは遺跡の修復・保全活動が評価されて、ユネスコ危機遺産リストから除外されたそうです。
2020年03月05日09時04分
私の同級生の住職が、阪神大震災で倒壊した本堂を再建したのですが、その時に言っていましたが今や立派な木造建築の社寺を建てるにも、大きな部材のケアキなどの材料が日本では手に入らなくなっているそうです・・・! だから、外国からの輸入に頼らなければならないとか・・・! また、都会の住宅地では大きな木造建築の建屋は、消防法の関係で建てられないそうで、どうしても大阪城のように鉄筋コンクリート建てにしなければならないようです・・・!
2020年03月06日09時30分
オーちゃん!さん、コメントありがとうございます。 高度経済成長で産業構造が変化して林業が衰退したからでしょう。 薬師寺西塔を再建するとき、芯柱の材料の確保に難儀したようです。結局日本では入手できなくて、台湾から輸入したと記憶しています。 大阪城は鉄筋の必要はなかったと思いますが、役人の考えることは分かりませんね。
2020年03月06日10時25分
BOSE59
こんなことになってたんですね。でも、焼けても色彩豊かですね。空の色と、周りの残っている建物のおかげですかね。
2020年03月04日14時15分