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B
1からの続き でも、誰かと一緒にいても、相手の顔を見ずに自分の言いたいことだけを言っているのでは、あまり楽しくない。 まして別々なところで陰口を言っているようでは、人生そのものが楽しくない。 顔と顔を合わせて、相手の話を聞き、自分の言いたいことを言い合い、両者にとって良い合意に結びつけられるような関係が作れればいいな。 友だち関係でも、国際関係でも・・。
目と目で見つめ合い、相手の心の奥底を理解しながら、それでいてぶれる事のない心と礼節をもって自分の言葉で会話する大切さ。 Yoshiさんの写真とキャプションから、学ばせていただきました。
2025年12月28日18時47分
がっぷり四つ。 これが土俵の力士同士なら勝負はすぐ決して後腐れもなくなるのでしょう。 ところがこれが国同士となるとそうは行きません。 もはや議論の余地すらないケースが多いですよね。 それでも相手から目をそらさず、かといって睨み過ぎず・・・。 この塩梅が難しいんでしょう。 譲り合う部分と譲り合えない部分、踏み入って良い部分と踏み込んではならない部分。 動物同士ですらそれを(何となく)わきまえているのに、どこかのバカ大統領達は、それぞれ前者の方は一切ありません。 端っから一方的にぶんどることしか頭にない。 と言うことは、獣以下ということになりますよね。 全くもって困った世の中です(T_T)
2025年12月29日21時57分
ペペロンターノさん まったく、いつの時代の話だ、と言いたくなる国際情勢ですね。 これを変えるには教育しかありません。全ては人によって行われるのですから。 しかし、道・儒教、仏教、キリスト教、イスラム教など、宗教の人間教育2,500年の歴史を以ってしても、戦争は絶えない。 従って、全く新しい教育法でなければならないと思います。 それは知的だけでなく、身体的な方法を伴った、心体知が一体化した教育法でしょう。
2025年12月30日00時54分
「心技体」そして「知」を加えた教育法の一つが少林寺拳法と言うわけですね。 とかく頭でっかちになりがちな国のリーダー達は、「憲法」を学ぶ前に「拳法」から、ですね(^.^) 人の心の安定と救いであるはずの宗教が、同時に人を最も不幸にする「兵器」になってしまっている。 人類の歴史上、これ以上に皮肉なことがあるでしょうか。 言うまでもなく、それは昨今に始まったことではありませんが・・・。 今ここで、宗教全体への見方、付き合い方をアップデートする必要があるのかもしれません。 いい加減に聞こえるかも知れませんが、私はそれぞれの宗教の「良い所取り」でも良いのではないかと思う次第であります。 頭も心も一度スッカラカンにして、それこそ教育からというわけです。 老いも若きも、年齢は関係ないでしょう(^.^)
2025年12月30日17時38分
ペペロンターノさん おっしゃる通りです。 教えるべき内容は単純です。自らを大切にするが如く、相手をも大切にする。それだけです。 しかし、自分といういのちを持って生まれて来た自分が、他を大切にするようになるには、心体知ともにそのような教育を得ないと、なかなか思考と行動が一致しない。 いくら良い教えを受けても、「分かっちゃいるけど、やめられない」・・、ですね。 やはり心体知全体で学ぶ方法でないとね。 ペペロンターノさん、どうぞ良いお年を。
2025年12月30日21時21分
m.タバサ
こんばんは 見方を変えれば自ずと何かが変わって見えるものですね〜 2枚の写真から学びました^^
2025年12月28日00時00分