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バニヤンツリー

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    ハワイに行くと、大きく枝を広げたバニヤンツリーに出会えます。枝から地面までつづく長い根をたくさん垂らしたバニヤンツリーは、とても迫力があり印象的。ハワイのシンボル的なバニヤンツリーは、四大神と並ぶ高位の女神とも言われる、月の女神ヒナの神話に登場します。

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    女性らしさ溢れる女神ヒナの神話の舞台はさまざま 女神ヒナは月の女神。半神半人マウイの母でもあり、マウイとともに登場する神話も多々あります。 カパ布作りの名手ともされ、強大な神というより女性らしさ溢れる女神として描かれることが多いと言えます。 月に登ったヒナ 女神ヒナは月の女神。元々は地上で暮らしていましたが、ある時、地上での生活に疲れ、月に登っていったそうです。その経緯につき、以下のような伝説が残っています。 昔々の大昔。ヒナは不幸な家庭生活の中で、疲れ果てていました。カパ布作りの名手だったヒナは日がな一日、カパ布作りに精を出していました。ワケア(バニアン)の木の皮を水につけては叩いて伸ばしていくカパ作りは、かなりの重労働です。しかもカパ布作りの後には、山積みになった家の仕事もこなさなければなりませんでした。 ヒナの夫は横暴で自分勝手で、全てをヒナに任せっぱなし。ヒナがどんなに疲れていても手伝うことは絶対にありません。しかも大変な癇癪持ちで、少しでも食事の支度が遅れようものなら、ヒナを怒鳴りつけるのでした。 そんなある日のこと。誰に言うでもなくヒナは呟きました。「もう、こんな生活には耐えられません。どこか遠くに行って、一人でゆっくり休みたいわ」。それを聞いていたのが美しい虹です。ヒナを哀れみ、ヒナの足元から天上へと、大きな虹のアーチをかけてくれたのです。 「ああ、これで天上に登れる! そうだ、太陽に住むことにしよう」。そう言ってヒナは虹を登り始めました。ところが。高く登るにつれ太陽の熱が灼熱となり、とても耐えられません。ヒナは太陽に引っ越すことを諦め、虹を滑り降りて地上に戻ってきました。 やがて夜が更け、横暴な夫が帰宅。またもやヒナを怒鳴りつけました。その夜再び、ヒナはどうしても耐えられなくなり、思わず家を飛び出してしまいました。と、夜空に、大きな虹(ムーンボウ)が輝いているではありませんか! ヒナは大喜びし、今度は月を目指して虹を登り始めました。そして星たちに助けられながら、何とか月にたどり着くことができました。 こうしてヒナは意地悪な夫から逃れ、今も月で平和に暮らしています。月の上でも得意のカパ作りを続けているようで、月にたなびく雲を見るとハワイの人々は、「あれはヒナの仕上げたカパ布だ」と噂するのでした。 さらに別の物語では、月の表面の暗くみえる部分、いわゆる「月の海」は、ヒナが作るカパ布の材料であるバニヤンの木だとされている。ヒナは、そのバニヤンの下にある家で暮らしているそうだ。あるとき、ヒナがバニヤンに登って、カパの材料となる樹皮を採るために枝を折ったが、誤って枝を地球に落としてしまった。その枝が地球で根付いて、最初のバニヤンの木になったという。

    2024年05月31日16時20分

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    yayさんの「ミニチュアパイナップル」にコメ備忘録  こういうの見るとハワイのドールプランテーションを思い出します。見渡す限りのパイナップル畑が道の左右に広がっており、ノースショアへ向かう際のザ・バスからもよく見えていました。  南国ハワイで有名な果物はいくつもありますが、かつては世界のシェアの約8割を取ったほど栽培されていたのがパイナップルです。  中でもマウイ産が最も有名で、酸味が少なく芳醇な香りの「マウイゴールド」と「カパルアゴールド」が人気の品種です。  1つの苗から収穫できるのは2回のみ。植付から1年後の強制開花を挟み、実に18カ月間太陽の恵みを受けた後に1回目の収穫のときを迎えます。そのさらに32カ月後に、二番果と呼ばれる2回目の収穫を行います。  収穫の度にとれる実が小さくなるため、二番果の収穫を終えたタイミングで、次の苗を植えるために畑を一定期間休ませます。 このように、植付から次の植付までが約3年で循環。  パイナップルは収穫後に一定期間置いても熟しません。これは、収穫後に果実の中で分解されて果糖になるデンプン質が少ないことが理由です。 要するに、収穫時点で甘さがほぼ決まるのです。  これは収穫時に1つ1つベストなタイミングを見極めなければいけないことを意味しています。実際に収穫期には、農園に広がる数千個にも及ぶパイナップルの果実を人の目で1つ1つ見て回ります。手には厚いグローブを付けて、一列に並びながら、最適に熟したパイナップルの実を専用のブーム付き収穫機を使って手作業で収穫していくのです。  パイナップルのあの独特でジューシーな甘みと酸味は、高度な知識が必要な「手仕事」から生まれているのです。 コメに対して反応がありませんので、原文は削除しました。

    2024年06月02日20時39分

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    誰もが知るHawaiian Host その歴史は日本人の心に響く物語であった。 ハワイアンホースト社は、世界で初めてマカデミアナッツチョコレートをつくった、ハワイの老舗チョコレートメーカー 戦後不況の中に防風林として植えていたマカダミアの木。そのナッツの味に目を付けた守、私財を投じて苗木を購入して収穫直前のハリケーンによる被害にもめげずに研究を続けた結果が今に続いている。 創業者である、日系三世のマモル・タキタニは、パイオニア精神と世界的に有名でおいしいお菓子をつくる夢をもって、妻アイコの支えのもと、毎日マカデミアナッツに最も合うオリジナルチョコレートレシピの開発に明け暮れました。 マウイ島で長い年月、研究を重ね、ついに出来上がったオリジナルレシピをもってホノルルへ移住しました。 1960年、ナッツ入りチョコレートを販売していた『エレン・ダイ・キャンディーズ』を買い取り、社名を『ハワイアンホースト』とし、マカデミアナッツチョコレートの販売を開始しました。 マモルが長年かけてつくりあげた、理想のマカデミアナッツチョコレートのオリジナルレシピは、50年以上たった今もずっと受け継がれています。 創業以来続くオリジナルレシピへのこだわり、そしてアロハスピリットでハワイを訪れる旅行者はもちろん、世界中で『マカデミアナッツチョコレートといえばハワイアンホースト』の支持を得られるようになり、『ハワイからの贈り物(Hawaii’s Gift to the World)』として世界中の人々に愛され続けています。 2002年には、ハワイの発展と向上に貢献した企業に贈られる最高の功労賞 “HVCB’s Maile Award 2002″を受賞。ハワイの主要産業を育て上げたメーカーとして、その功績を認められました。 -甘さを抑えたチョコレートで、且つお菓子のような食感 -マカデミアナッツ独特の味を最大限に生かす -常夏のワイキキを持ち歩いても溶けにくい -食べる人全てをとろけさせるチョコレートの魅力 このこだわりは、 マモルが理想とするマカデミアナッツチョコレートの特徴で、50年以上たった今も受け継がれています。 ハワイアンホースト製品は、豊かな自然に育てられた良質なマカデミアナッツを使用しています。マカデミアナッツは非常にデリケートなナッツでもあり、ひとつひとつ手作業で丁寧に収穫されています。 マカデミアナッツ本来のおいしさをひき立てるために、長い歳月をかけて、マカデミアナッツにぴったり合うオリジナルチョコレートが生まれました。甘すぎず、クリーミーでナッツ本来の味を引き立てるチョコレートは、50年以上レシピを変えずにこだわり続けています。 アロハスピリットは、おもてなしの精神。礼儀、誠実、思いやり、温かさでお客様や仲間を大切にするハワイの伝統です。 ハワイアンホーストのチョコレートには、この伝統のアロハスピリットを大切に、全てのお客様に”おいしさ”でおもてなしをしたいという気持ちがつまっています。

    2024年06月15日11時45分

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