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- 山頂のペーナ宮殿~ポルトガル Palácio da Pena
企迷羅鼠(kimera)
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ポルトガルのシントラのぺーナ宮殿、1995年ユネスコ世界遺産。2019/06/02 イギリスの詩人バイロンがシントラを訪れたのは1809年、この宮殿が完成したのは1885年。 The Pena Palace stands on the top of a hill in the Sintra Mountains above the town of Sintra, Portugal. ☆夏深しバイロン見ざりしペーナ宮
魔城に行かれたのですね。テレビの旅行番組かなんかで見たことがあります。 これを建てた人はノイシュバンシュタイン城を作った人と親戚らしいですが、突飛なものを国民からの金を積み上げて作るということが、確かに人の感情を解放し芸術のスポンサーになること、その時はその地域の人に役に立たなくても後世に観光対象として貢献する見本みたいなものだなと思いました。 私もスペインからポルトガルのオポルトへ行ったのですが、赤茶けたスペインと違いポルトガルの緑にはほっとしました。その緑にこのカラフルな色は浮き浮きした感じであっているのでしょう。そしてこれから出てくるかもしれませんが奇妙な彫刻群などは、緑の優しい環境だからこそ違和感なく存在できるのではと思いました。
2019年07月28日02時18分
想空さん、早速のコメントありがとうございます。 バイロン卿の名言の後半は想空さんにピッタリかもしれませんが、前半は恋に縁なき老鼠に当てはまりません。 バイロンは1809年から1811年までポルトガル、スペイン、ギリシャなどを旅して、長詩『チャイルド・ハロルドの巡礼』を出版しました。 Lo! Cintra's glorious Eden intervenes In variegated maze of mount and glen. (見よ!シントラという名の壮麗なエデンの園は山と渓谷の織り成す迷宮の中にある) 与謝野鉄幹は、「ああ われダンテの奇才なくバイロンハイネの熱なきも」とバイロンを引き合いに出しています。
2019年07月28日13時03分
頑張れ!てんちゃんさん、コメントありがとうございます。 宮殿を建てたフェルナンド2世という人は、ノイシュヴァンシュタイン城を建てたルードヴィッヒ2世のいとこで、ザクセン出身でした。 曲がりくねった山道をバスに揺られてたどり着くと、目の前に風変わりな城が出現するサプライズがあります。 建てた本人は、観光客が押し寄せる今日の状況など夢にも思わなかったでしょうが、結果的に観光客が金を落として、多くの人がそれで生計を立てていることは間違いありません。カンボジアのアンコール遺跡などはもっと凄い現代への貢献ですね。 宮殿内には奇妙な彫刻が沢山ありました。 ムーアの城跡から緑豊かな山の上に赤い色と一部黄色のこの宮殿が見えました。
2019年07月28日14時06分
まあ色彩は別として、見た目はノイシュヴァンシュタイン城に似ていますね。 山道の果てのサプライズ、でもそれを目指しての旅でしょうから、 ご満足のいくものだったのでしょう。 う~ん、ここにも飛行機雲がたくさんありますね。 (どうしてそこへ目がいくの?)
2019年08月02日04時00分
旅鈴さん、コメントありがとうございます。 二つの建物を見比べると、場所や建築様式から受ける印象はかなり違いますね。 ここはポルトガル国内でも有数の観光地です。リスボンよりもっと宿が取りにくいと聞いてここでの宿泊を諦めました。 青空に真っ直ぐな飛行機雲は目に着きます。 空に憧れて 空をかけてゆく あの子の命はひこうき雲♪
2019年08月02日07時32分
お言葉ですが、ちら見に屋根の上の尖塔なんか似ていると思いました。 入り口には三角屋根もあります。 その部分は色彩がほどこされています。 まあ、場所や、建築様式も勿論違いますが、 老眼のちょっと見で似ていると思った、とのことでお許しください。 荒井由実の歌ですね。この歌好きでした。 悲しい内容だけど、救いはあの子が、「今は幸せ」というところです。
2019年08月03日04時55分
旅鈴さん、再コメントありがとうございます。 二つの建物を見比べてよく見ると思ったほど似ていないという意味です。 ここは、場所柄ちょっと異郷のような感じがしました。 老鼠はノイシュヴァンシュタイン城の現物をみていません。
2019年08月03日07時51分
想空
真っ青な空にビタミンカラーの建物がくっきりと映えています。 バイロンと言えばあの名言「男の恋は生涯の一部であり、女の恋は全生涯だ」 なんて身勝手な迷言(≧▽≦)
2019年07月27日22時53分