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思い出を残しておきたい♪ 東京 銀座四丁目 YASHICA AUTO YASHINON-DS 50mm F1.7 M42マウント(1969年頃製造)富岡光学製 本当は「AUTO YASHINON DS-M 50mm/f1.4 (M42)」が欲しかった・・・w
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YASHICA 1959年には戦前から続くカメラメーカーのニッカカメラ株式会社を買収して35mmカメラの製造を開始し、ライカタイプのレンジファインダー機「ヤシカE」や、一眼レフカメラの「ヤシカペンタマチック」などを発売した。またズノー光学工業を買収し、同社の技術も獲得した。 世界初の電子制御式35mmカメラと銘打つ「ヤシカエレクトロ35」を1965年12月に発表。電池電源をこれまでになく積極的に活用したことによる露出制御の自動化・機構簡略化および大口径レンズの導入によって、暗い所の撮影が困難で壊れやすいとされていた大衆向けEEカメラのイメージを一新し、最終機種(1975年)までのシリーズ累計販売台数は世界で約500万台に達するベストセラー機となった。1968年には長年同社にレンズを供給していた富岡光学器械製造所(1969年に「富岡光学株式会社」に改称、現・京セラオプテック株式会社)を子会社化した。 コンタックスおよびヤシカブランドのカメラ生産を続けたが、カメラのマイクロ・エレクトロニクス化が進む中で新製品の開発が困難な状態に陥り、1983年10月、京セラ株1対ヤシカ株13の比率で京セラに吸収合併された。本社工場は京セラの長野岡谷工場となった。 カメラ生産は1984年12月以降、長野岡谷工場がコンタックスブランドやヤシカブランドの一眼レフを造続けたが合併時の期待どおりの収益を上げることができず、カメラ事業から撤退。保有していた「ヤシカ」の商標権を京セラ製カメラの販売代理店だった香港の企業、JNCデイタム・テック・インターナショナル株式会社に売却した。 このAUTO YASHINON-DS 50mm F1.7 M42マウント(単層コーティング1969年頃製造)は 1969年ヤシカ発売のフィルムカメラ「YASHICA TL ELECTRO」時代のレンズ YASHICA CONTAX RTSの「Carl Zeiss(MMJ)」レンズを作っていた富岡光学製造(子会社化)の製品だと思われる。(通称ヤシコン) ヤフオクで超人気の富岡光学はOEMで各社に人気レンズを供給していた。
2019年01月16日11時44分