しけせん
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J
B
蟻がホの字に並んでいました。ボに見えなくも無い。
Takechan7さん> 何か大変な事があったのでしょうね。その苦心はそれを知らぬ者には到底知りえない ものだと思います。悪気があった訳ではなく、あなたの思想に自分の思想と近しい物 を感じたので、それを伝えたくなりました。つい浮かれて出すぎた事をお詫びします。 しかし 自分は自分の目で見て、耳で聞いて、頭で考える。 でも他人のそれは、言葉や文字、行動と言う形でしか伝わってこない。 他人に心を開いて、言葉や文字で伝わる他人を何の疑いもなく受け入れ 自分が世界の一部であろうとした時、人は孤独な証言台に立つ。 自分の殻に閉じこもり、言葉や文字で伝わる他人を不確定な事象だと捉え この不条理な世界が自分の一部だと考える時、自分と言う世界と繋がっている。 社会と言う大きな宗教に、自分というものを歪曲させなければならない事もあります。 しかし誰かの言葉や行動で自分が傷ついてその本質そのものを変えてしまう事は もったいない。 こういう事が言いたかったんです。 あ、あと少し辛辣な追記ですが! 蟻の社会生活を見て、人間のそれを重ね合わせて愛情を感じる人も多いのですが 実は彼らの生活は「徹底した合理主義」と「女王のフェロモンによる支配」によって 成り立っています。役に立たない蟻は蟻酸をかけられ殺されて棄てられます。 卵や幼虫も一生懸命世話をしていたかと思うと、コロニーの望む大きさに育たなかった 場合などには食料となります。女王のフェロモンが届かない場所では働き蟻が独断で卵を 産んだりもします。その全てがうまい具合にかみ合って、コロニーという大きな生き物の 生存に貢献しているのです。そういう姿が、脳によって統制された多細胞生物の 縮図を、蟻一匹一匹という単位を最小として動いているのが魅力的だと思うんです。 彼らは情緒を廃しながらも、明確な個を維持する事で高い知性を持たなくとも コロニーという多細胞生物を再現しているようなところがあるんです!
2014年09月24日19時01分
Takechan7
しけせんさん、コメントどうも有り難うございます。 このアリは私の福岡の実家で撮影したものですが、残念ながら私はあまりアリさんには詳しくありません。 親族の骨肉の争いというのは、国を超えてところ構わず発生するものです。 身をもって体験した人間にとっては、おいそれと軽々しく裁判などという言葉は控えるものです。 私は今まで日本、タイ両国で残念ながらそういう問題を抱えてしまいました。 確かに人間皆それぞれが孤独な存在なのかも知れませんね。 人間も動物も外国人に対しても自分から心を開かなければ、誰も心を開く事はないものと私は考えます。 「無償の愛」、今の世の中でも世界のどこかに存在すると私は思いますよ。 この「ホ」の字のように!
2014年09月23日15時53分