鶴見の彦十
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もう半世紀以上前のこと・・・父に手を曳かれ初めて乗った船。 其の時は、既に係留され展示物となっていた、と思う。 其処此処にペンキが剥がれ、重油の匂いが立ち込めた船内は まだ「戦後」の雰囲気があったような・・・ ここに来る度、写真を撮る。 霞が掛ったかのように擦れて行く記憶を留めて置くかの様に。
柔道の創始者、嘉納治五郎は外洋を航海中にこの船で亡くなり、ニコンの収集家だった友人の父は中国からこの船で復員して来ました。 私も半世紀くらい前ですかね、父に連れられて氷川丸に乗ったのは。横浜(港)に来るだけで、子供心にワクワクしたものです。
2013年07月17日19時22分
おやおやいつもとタッチが違いますね、 遠い記憶のイメージを出したいと思われ たのですね。 照り映える水面にまだまだ現役で活ける と思わせる姿が眩しいです。
2013年07月17日19時40分
船をみると、いろいろな思い出がよみがえりますね。 「暁」の帆船日本丸・美しい暁の色と海面への映り込みで、とっても素敵ですね! 氷川丸も歴史の証人として、皆さんにもっと知ってもらいたいですね。 「船好き」な私には拡大して、ゆっくりと眺めさせてもらってます。
2013年07月17日20時01分
一見セピア色にも見える作品で遠い記憶を呼び戻している様です。 思い出はいつの日か苦しい事や悲しみは忘れ去って 楽しかった事しか思い出されないでしょう(^^)
2013年07月17日20時53分
哀愁が漂う美しい描写ですね。 僕が初めて乗ったのもやはり父に連れられてでした。 叔母が横浜なのでよくここへは行っていました。 やはり半世紀以上前のことです。 もう、記憶も薄れていますが楽しかった思い出は心に刻み込まれています。 お写真を拝見して走馬灯のように記憶が蘇りました。
2013年07月17日21時02分
これは渋いですね(^^) 私がこの船を見学にいったのは・・・ふた昔以上も前で、何故行ったのか も判らず、乗ったことしか覚えてません(^^;) 酔ってたのかな・・・
2013年07月17日22時24分
白とびギリギリでの描写が氷川丸によく似合いますね。格好良くて、でも哀愁が漂っていて、「お疲れさん、またヨロシク!」と、変な気持ちに成りました。 僕は横浜生まれの横浜育ちです。僕にとっての横浜は山下公園に氷川丸、マリンタワーとドリームランドです。特に前者二つ楽しい思い出が多いので、思い入れも強いです。
2013年07月18日10時30分
hatto さん たま407 さん Peru さん ninjin さん tirotiro さん シロエビ さん ミンチカツ さん 七色仮面 さん ブル さん 花ぬすっとⅢ さん S*Noel さん Hsaki さん よねまる さん toshi-bu さん takeoh さん kakian さん ブラックオパール さん ぱん. さん DEN兵衛 さん ケミコ さん RAW-RIDER さん 武藏 さん 酔水亭 さん 皆さん いつもご覧頂いて嬉しいです! ありがとうございます。 纏めてのコメント返しで申し訳ありません。 最近の作品は、定番の見慣れた風景にも関わらず 沢山のお気に入り、お褒めのコメントを頂きまして大変嬉しいです。^^; 私も父が亡くなった歳に近くなって来たせいか 今更ながらに子供の頃の事が思い出されてなりません。 写真を撮りながら懐かしい思い出に浸っております。^^;
2013年07月18日20時41分
チームこむぎ さん いつもご覧頂いて嬉しいです! ありがとうございます。 大事にしたい思い出、でも歳と共に色褪せたり擦れて来たり・・・^^; 生きてるうちは、何度でも撮りに行きたい「氷川丸」でした。
2013年07月20日09時05分
duca さん いつもご覧頂いて嬉しいです! ありがとうございます。 この船には、思い入れも有りまして「くどい」キャプションになってしまいました。 いつまでも此の地で眺めたい船です。 (せめて私が生きている内は^^;)
2013年08月01日18時10分
hatto
太平洋戦争も無事に乗り越えた有る意味幸運の客船ですね。昭和5年に就航とのことですから、何と83歳になります。昔ですが私はデートにここに行きました。想い出の船かも知れません。 光りを上手く使われて、ノスタルジーを感じる素敵な描写ですね。有難うございます。
2013年07月17日19時22分