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麻布十番の公園に立っている岩崎きみちゃんの像。「赤い靴の女の子」のモデルになった5歳の子で、社会主義運動の実践で北海道開拓へ向かう両親からきみちゃんを米国人宣教師夫妻が養女として引き取り、米国へ連れて行くことに。そのまま渡米していれば、有名な『赤い靴の女の子』の歌詞の通りだったんです。 しかし出発を目前に、きみちゃんが当時不治の病の肺炎にかかってしまい、宣教師夫妻は麻布の孤児院にきみちゃんを預けて帰国。きみちゃんはほどなく孤児院でひとりぼっちで亡くなりました。これが「赤い靴の女の子」の実話です
weizeさん コメントありがとうございます(=^・^=) 再婚のためというのは記憶違いで、社会主義者の父親が平民運動の一環として夫婦で北海道の開拓に参加することになったんですが、あまりの厳しい生活環境にきみちゃんを宣教師夫妻にもらってもらったそうです。 米国で幸せに暮らしているとばかり思っていた両親がきみちゃんの死を知り、深く悲しんだのは言うまでもありませんが、友人の詩人・野口雨情に経緯を話したことから『赤い靴の女の子』が誕生したそうです。 私もこの話を初めて知った時は泣けて泣けて。 横浜港に向いて山下公園に建てられた「赤い靴の女の子」像には、もしかすると米国に旅立つことができなかったきみちゃんの悲しみが込められているのかもしれませんね。
2012年09月09日03時32分
初めて知った事実です。 養女として受け入れたのなら、治るまで、せめて最後まで、 日本に留まって欲しかったですね。。。 本当に自分の子供だったら 選択の余地は無いでしょうに。悲しい逸話ですね。^^; この歌と言えば、「ひ〜爺さん(ホントは異人さん)につ〜れられ〜て・・」と間違って覚えてた・・ というのが有名ですよね。すみません、ちょっと蛇足でした。^^;
2012年09月09日11時32分
NAKAMURAさん コメントありがとうございます(=^・^=) 日本がまだまだ貧しかった頃の話ですから、いろんなの事情があったんでしょうね。 しかし当時のこととはいえ、社会主義に洗脳され、その運動のために子供を宣教師にあげてしまう両親に腹が立ちます。 「ひ~爺さんにつ~れられ~て」というのは初めて知りました(笑)
2012年09月09日11時51分
yaetiti.netさん コメントありがとうございます(=^・^=) 私もそう思います。言ってしまえば、きみちゃんは社会主義に洗脳された両親に捨てられ、殺されたようなものです。どんなに高い理想を持っていようが、そんな親の行為は正当化できるものではありません。
2012年09月09日17時33分
BO~RAさん コメントありがとうございます(=^・^=) アハハ、奥さんご存じでしたか。カッコ悪いですね(笑) 詳しくは麻布十番商店街のHPに載っていますから、ぜひご覧になってください。
2012年09月11日23時01分
weize
こういう話は苦手(笑) 昔から涙もろくてね(^^ゞ あかんわ~(涙)
2012年09月08日22時58分