天津風
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武州上岡妙安寺馬頭観世音縁起には 「この瑞慶和尚は、源氏の大将義経が牛若丸といった頃京都の鞍馬山で一諸に文を学ひ道を修めた人であり、安置され祀られている馬頭観世音菩薩は、瑞慶和尚の作で黄金の尊像が刻み込まれている。この尊像はその昔藤原氏に伝わり、霊験あらたな観音として尊崇されて来たものであった。そして、蝦夷征伐の折に坂上田村麻呂が、平将門追討の折には平貞盛が、又陸奥の乱を鎖める為に頼義・義家が何れもこの尊像を奉じて出陣し、見事その役目を果したのであった。やがて義家は東国鎮護の為、この尊像を陸奥の国司秀衡