二ゲルおじさん
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夕暮れになると目を引く白梅さん^0^1955年Voigtländer Color₋Skopar3.5/50での撮影です<(_ _)> 寄っても引いても良く写るレンズですね(=^・^=) ご覧頂き有難うございます<(_ _)>*絞りf5.6 WB/オリジナル
1955年頃までがフォクトレンダーの絶頂期だったようです<(_ _)> 戦後日本のカメラメーカーの伸長は著しく 世界を席巻! 1956年には大株主シューリンクから株式すべてをカール・ツァイス財団に譲渡され フォクトレンダーはツアイス・イコン傘下に(__) 1969年フォクトレンダーは ツァイス・イコンに完全吸収されます<(_ _)> しかしです このツァイス・イコンも日本メーカーに太刀打ち出来なくなり1972年操業停止・解散o((⊙﹏⊙))o. フォクトレンダーの商標権は後にドイツからシンガポールに移転するローライに譲渡されます <(_ _)> 1981年ローライ倒産(__) フォクトレンダー商標権はドイツ/プルスフォトへ 1997年フォクトレンダー商標権はリンクフォトが共同名義となり現在に至っています<(_ _)> 長文 お付き合い頂き有難うございます<(_ _)>
2026年02月11日19時30分
二ゲルおじさん
数奇な運命をたどったフォクトレンダー フォクトレンダーの会社設立は1756年(⊙_⊙;)と云いますから 日本では江戸時代o((⊙﹏⊙))o.設立当初は計測器・光学機械・ガリレオ式望遠鏡等 場所は東欧オーストリア/ウィーン 設立者はヨハン・クリストフ・フォクトレンダーさん^0^ この創業家は4代続きます<(_ _)> 19世紀(1800年代)にはフォクトレンダーが発売した「オペラグラス」が世界中で大人気^0^ イギリスではオペラグラスをフォクトレンダーと呼んでいたそうです 新田恵利ではありません(__) また1841年にはダゲレオタイプ肖像画撮影装置を発売 そして1865年にはオーストリアの政情不安からドイツ/ブラウンシュヴァイクに移転 1926年創業家からドイツ/大手化学メーカー シューリンクが事業を引き継ぎ大株主へ 1944年第二次世界大戦ドイツ降伏 フォクトレンダー本社ブラウンシュヴァイクは比較的戦災被害が少なく 他社に先駆けて生産を再開 また同じ年に入社した天才レンズ設計者/アルブレヒト・ウィルヘルム・トロニエ博士の手腕により古い自社ブランドレンズは近代的に改良 49年カラースコパー カラーヘリアー 50年ウルトロン 51年アポランター
2026年02月11日19時29分