ホーム komaoyo 写真一覧 2025年の節分は、2月2日(日) komaoyo ファン登録 ユーザートップ 写真一覧 ギャラリー お気に入り ファン ファンになっているユーザーの写真 ファンになっている ファンになってくれている 2025年の節分は、2月2日(日) O 写真展「早春」(2025年2月開催)参加作品 お気に入り登録266 382 D E 2025年02月02日07時40分 J B
太陰太陽暦では立春に最も近い新月を元日とし、新年の始まりであることから、立春の前日に節分の行事が行われるようになった。 節分についての詳しい情報はコメント欄へ・・・ コメント1件 komaoyo 2025年の節分は、2月2日(日)。太陰太陽暦では立春に最も近い新月を元日とし、新年の始まりであることから、立春の前日に節分の行事が行われるようになった。 では、節分とは具体的に何をする日なのだろうか。一般的に邪気を払い、無病息災を願う行事といわれている。いにしえより「季節の変わり目は邪気が入りやすい」と考えられ、また「この時期(2月上旬)はまだ寒く体調を崩しやすい」ことから、新年を迎えるにあたって邪気を祓い清め、一年間の無病息災を祈る行事として追儺(ついな)という行事が行われてきた。 元々の発祥は中国だが、大陸文化が広く取り入れられた平安時代、大晦日に宮中行事として追儺が行われるようになったと言われている。これは疫鬼などを追い払うもので、大晦日に陰陽師がきて厄や災難を祓い清める儀式。 古くは「続日本書紀」のなかに、疫鬼払いとしての記述が見られる。宮中行事としての追儺は徐々に衰退し、江戸時代には行われなくなったという。しかし、いつの頃からか、追儺は豆をまいて鬼を追い払い無病息災を願う「節分」という行事として庶民の間に広まり、定着した。 この節分、2月3日というイメージが強いが、2月2日や4日になる年も稀にあり、日にちは固定ではない。2021年は、なんと1897年以来124年ぶりに、2月2日が節分だった。ちなみに、1984年は2月4日で、2021年はそれ以来37年ぶりに2月3日以外が節分だった。 古来より日本人は、言霊の存在を信じ、言葉と霊力に意味を与え、それを生活のなかに取り入れてきた。豆をまくようになったのは、室町時代とされているが、豆=魔目(鬼の目)を滅ぼすということに由来されているという説がある。また、豆は五穀(米、麦、ヒエ、アワ、豆)の象徴であり、農耕民族である日本人は、これらに神が宿ると信じてきた。 まず、玄関、窓、戸口などを開け放ち、奥の部屋から順番に、外に鬼を追い出すように「鬼は外!」と声をかけながら豆をまく。まき終わったら、鬼を締め出し、福を逃さないようにするために、すぐに戸締りすることをお忘れなく。 今度は「福は内!」と部屋の中に向かって、豆をまく。玄関は最後に。口上、順番、方角などは地方によって異なる。 豆まきが終わったら、1年の厄除けを願い、自分の年齢よりも1個多く豆を食べる。この豆は「年取り豆」といい、家族全員で食べたい。 京都の紫式部ゆかりのお寺といえば「蘆山寺」ここの節分会は、廬山寺を代表する年中行事といえば「節分会 追儺式鬼法楽」、通称「鬼おどり」です。赤鬼、青鬼、黒鬼が大きく足をあげながら踊るように練り歩くのが特徴で、節分の護摩法要を行う僧侶を鬼が邪魔しに来ているというストーリーがあるそうです。赤鬼は“貪欲”(どんよく)、青鬼は怒りや憎しみの“瞋恚”(しんい)、黒鬼は無知を意味する“愚痴”(ぐち)を表し、僧侶が法力によって鬼を退治することで3つの貪欲(貪瞋痴:どんじんち)を消し去ります。 今や節分の定番ともいえる恵方巻きだが、その発祥は大阪。節分に恵方を向き、願い事をしながら太巻きを黙々と最後まで食べるというもの。太巻きの具は、七福神にあやかり、また福を巻き込むという意味も込め、七つの具を入れるのがよいとされている。太巻きは、鬼が忘れていった金棒という見立てもあるようで、食べる=鬼退治という意味合いもあるようだ。ちなみに2025年の恵方は「西南西」。 2025年02月03日11時42分 同じタグが設定されたkomaoyoさんの作品 最近お気に入り登録したユーザー Knack Zauber ファン登録 YaK55 ファン登録 ラーべ ファン登録 pacifism ファン登録 mosai ファン登録 福助ちゃん ファン登録 kaidanin ファン登録 Mickey KMJ ファン登録
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2025年の節分は、2月2日(日)。太陰太陽暦では立春に最も近い新月を元日とし、新年の始まりであることから、立春の前日に節分の行事が行われるようになった。 では、節分とは具体的に何をする日なのだろうか。一般的に邪気を払い、無病息災を願う行事といわれている。いにしえより「季節の変わり目は邪気が入りやすい」と考えられ、また「この時期(2月上旬)はまだ寒く体調を崩しやすい」ことから、新年を迎えるにあたって邪気を祓い清め、一年間の無病息災を祈る行事として追儺(ついな)という行事が行われてきた。 元々の発祥は中国だが、大陸文化が広く取り入れられた平安時代、大晦日に宮中行事として追儺が行われるようになったと言われている。これは疫鬼などを追い払うもので、大晦日に陰陽師がきて厄や災難を祓い清める儀式。 古くは「続日本書紀」のなかに、疫鬼払いとしての記述が見られる。宮中行事としての追儺は徐々に衰退し、江戸時代には行われなくなったという。しかし、いつの頃からか、追儺は豆をまいて鬼を追い払い無病息災を願う「節分」という行事として庶民の間に広まり、定着した。 この節分、2月3日というイメージが強いが、2月2日や4日になる年も稀にあり、日にちは固定ではない。2021年は、なんと1897年以来124年ぶりに、2月2日が節分だった。ちなみに、1984年は2月4日で、2021年はそれ以来37年ぶりに2月3日以外が節分だった。 古来より日本人は、言霊の存在を信じ、言葉と霊力に意味を与え、それを生活のなかに取り入れてきた。豆をまくようになったのは、室町時代とされているが、豆=魔目(鬼の目)を滅ぼすということに由来されているという説がある。また、豆は五穀(米、麦、ヒエ、アワ、豆)の象徴であり、農耕民族である日本人は、これらに神が宿ると信じてきた。 まず、玄関、窓、戸口などを開け放ち、奥の部屋から順番に、外に鬼を追い出すように「鬼は外!」と声をかけながら豆をまく。まき終わったら、鬼を締め出し、福を逃さないようにするために、すぐに戸締りすることをお忘れなく。 今度は「福は内!」と部屋の中に向かって、豆をまく。玄関は最後に。口上、順番、方角などは地方によって異なる。 豆まきが終わったら、1年の厄除けを願い、自分の年齢よりも1個多く豆を食べる。この豆は「年取り豆」といい、家族全員で食べたい。 京都の紫式部ゆかりのお寺といえば「蘆山寺」ここの節分会は、廬山寺を代表する年中行事といえば「節分会 追儺式鬼法楽」、通称「鬼おどり」です。赤鬼、青鬼、黒鬼が大きく足をあげながら踊るように練り歩くのが特徴で、節分の護摩法要を行う僧侶を鬼が邪魔しに来ているというストーリーがあるそうです。赤鬼は“貪欲”(どんよく)、青鬼は怒りや憎しみの“瞋恚”(しんい)、黒鬼は無知を意味する“愚痴”(ぐち)を表し、僧侶が法力によって鬼を退治することで3つの貪欲(貪瞋痴:どんじんち)を消し去ります。 今や節分の定番ともいえる恵方巻きだが、その発祥は大阪。節分に恵方を向き、願い事をしながら太巻きを黙々と最後まで食べるというもの。太巻きの具は、七福神にあやかり、また福を巻き込むという意味も込め、七つの具を入れるのがよいとされている。太巻きは、鬼が忘れていった金棒という見立てもあるようで、食べる=鬼退治という意味合いもあるようだ。ちなみに2025年の恵方は「西南西」。
2025年02月03日11時42分