yoshi.s
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新宿西口地下からのこの構図は、55年前の学生時代と同じだ。 私の馴染みの新宿は、この地下通路でベトナム戦争反対のフォーク集会が開かれていた時代だ。街中が、大学生のデモや反戦、反体制の気運で溢れ返っていたころだ。 いま、その同じ地下街、同じ円形フレームから見る新宿は、近代化された高層ビル街だ。 私にとっては、もはや未来都市的になっている。 この東京モード学園コクーンタワーはもとより、向こうの都庁ですらも、私には新鮮だ。 過去と現在と未来が一緒になったような感じがする場所が、この西口地下通路だ。
電動茄子さん こんにちは。 そうですね。私ももう東京から帰ってきました。 今日の日曜日は、おっしゃる通り、リラックスタイムです。 電動茄子さんも、ね、
2024年08月11日12時04分
あの時代、反戦、反体制側の若者達の気持ちも分かる一方、<石を投げられる側>の体制側の人間にも家族がいたし、守るべきものがあったんですよね。 傷ついたのは若者達だけではなかったはず。 お互いの行動は、果たして全てが各々の<本意>であったのか? そう考えると、複雑な気持ちになってしまいます。 それは今の世界情勢にも言えることかと・・・。 意外と、世界は百年経ってもそう変わらないのかも? ところでこのアングル、陽射しの絶妙な入り方、私好みです(^^) 雲の表情のタイミングも良いですね。 これもまた「新宿の目」と言えるのかもしれません。 今月東京に行くので、時間に余裕があれば私もここから撮ってみようかしらん?(^o^)
2024年08月11日18時01分
ペペロンターノさん 争いは(あの頃、彼らは闘争と言ったが)、いつだって双方に傷を負わせます。 あの時代は、アメリカの言うことを聞かなければならない政府(今でもそうですが)に対する、共産主義思想に傾倒した一部の学生による抗議運動だったのです。穏やかなものから強硬なものまでありました。 本来は、行政を担う首長や議員の選挙によって、変革、改革を行うのが民主主義の常道ですが、革命を目指す当時の過激な学生たちの主張は、大多数の有権者からは支持されることはまずありません。そこで学生運動家たちは、街中におけるデモ活動を行ない、ムーブメントを起こそうとしたのです。 しかし、権力側である行政府は、法律と武力(警察)を持ち、その行使を許されています。治安出動、というわけです。 たしかに、過激すぎる活動には治安出動も必要でしたが、さほどでもない活動までも規制するようになったのです。 そのひとつがこの西口広場で行われたフォーク集会の規制です。 これはそんな必要の全くない活動でした。だってただ歌を歌っているだけだもの。 歌の内容が反体制的だという理由で規制するとしたら、これは独裁的、全体主義的行為だと言えるでしょう。今でも相変わらずそんなことをやっている国もありますがね。 いずれにしても、変革を求めるのであれば、闘争ではなく、地道な啓蒙運動を続けることでしょう。啓蒙運動は教育活動と言っても良いでしょう。 いまはSNS等のネットメディアがあります。誰でも思いを発信することができます。良い思想であれば広がる可能性はあります。ただの面白おかしい発信だけではなくてね。
2024年08月12日23時20分
私は年代的にはだいぶ下なのでリアタイ経験はないのですがこの頃のフォークソングが好きでよく歌ってました。ユースホステルなどでは夜「夜明けは~近い~♪」などとみんなで歌ってましたね(^^)/
2024年08月12日18時36分
asasさん そうですか。岡林信康などを歌っていましたか。 私はほとんど彼と同年代で、そのメッセージを共有していました。 いわゆるプロテストソング、反体制的な歌ですね。 ただ私は運動部所属。そちらの方向には足を踏み入れませんでした。 しかしあの時代の若者の熱気、動く空気感は、今でも懐かしく思います。
2024年08月12日23時21分
yoshi.s
この西口地下通路は、私の時代には地下広場と呼ばれていた。 しかしここで反戦フォークソング集会が頻繁に開かれるようになったことで、行政府はここを地下通路と呼び変えることにした。通路だから、人だかりができる集会を行ってはならないと言うのだ。 それ以後、通行妨害として警察の取り締まりが実行され、フォーク集会はできなくなった。 しかし実際には、この西口地下広場というのは文字通り広く、通行の邪魔にはほとんどならなかったのだ。 行政というのは汚いことをするなあ、と思ったものだ。 だってフォーク集会というのは、アジ演説をするわけでもないし、何かの呼びかけをするわけでもなかった。ただフォークギターを弾きながら反戦の意味を込めた歌を歌うだけだった。そしてそれは人垣ができるほど魅力的なものだったのだ。 しかし行政は、反戦、反体制の動きを封じ込めるために、広場を通路と呼び変えることでその動きを抑えたのだ。 権力というのは子どものいじわるのようなことをするもんだなあ、と思った。
2024年08月11日01時17分