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2015年に撮影した写真です。もう、解体は終わったのでしょうかね。1970年完成-2023年解体、この記念塔って何だったんでしょうね。「開拓の先人に対し感謝と慰霊のまことを捧げる」「将来に向かってのたくましい北海道の建設を誓う道民の総意を込めた記念塔」だったそうですが・・・・・。「先人への感謝と慰霊」なら心のこもった石碑ひとつでよかった気もするが・・・・・。
こんばんは 1979年にこの塔の内階段を天辺まで上った思い出がありますね。 感想は無骨な鉄骨が組まれた内装でしたね。確か小さな窓があった。 電波塔とか有益な使い道があれば存続は可能だったのでしょうがただ立ってるだけじゃ維持費がかさみますからねえ。 1970年といえばまだまだ日本の世の中、確かに今と違って、いろんな産業分野で成長していて、さらに成長しようという血気盛んな時代でしたね。 その勢いで目立つモニュメントをとして当時建てられたように記憶してます。今とは勢いが全く違いました。
2023年06月18日22時08分
cafebaronさん、コメントありがとうございます。 自分も登った記憶がありますが、そのときすでに途中までしかいけなかった気がします。鉄の寿命は50~60年くらいなので構造物としては限界だったのでしょうが、寿命50年の記念塔って何の記念になったのでしょうね。
2023年06月20日13時54分
過去50年、この塔を眺めて、開基100年経過の北海道、先人の方々の努力、奮闘、犠牲のおかげで今日を迎えることができました。あとは若い私たちが後を引き継ぎ、北海道をさらに発展させていきます。と思えた人は何人いたでしょうね。私は炭鉱の町夕張に育って、炭鉱の事業、幾多の事故、閉山などみてきましたのでそれなりに先人達へは敬意、感謝を感じてはいますが これからの自分はどうすべきなのと問うたことは正直なかったですね。 自分個人の中では無駄使いってことなのでしょうね。50年60年というよりは人々の思いがどうだったのかって気がします。
2023年06月21日06時16分
cafebaronさん、先人への思いは自分も同じですね。何らかの思いを込めて造った記念塔、老朽化したので解体しておしまいでは無く、先人への敬意や感謝を未来に伝えられる何かとなってくれれば無駄では無かったといえるかもしれませんね。
2023年06月21日13時44分
改修すればいくらでも存続可能でした いんちきアイヌノ利権には簡単に一人何千万も資金を出し ウポポイもまったく関係のない展示に何百億も金を出し 一方で寒さの中北海道を開拓した先人の苦労は無視し 当別の歴史資料館などは廃墟になりました・・・ 日本人開拓はすべて悪 アイヌ団体の言うのはすべて 正しい? もっとフェアな目でニュースを見たいですね 子供時代から見てきた自分には非常に残念です ニトリと組んで中国依存を進める鈴木知事が 風車やメガソーラー景観破壊を進めるので きれいな景色が台無しです 地元の景勝地もニトリが中国様の大好きな ものを作ろうとしています・・・ 写欲が落ちますね
2023年11月11日12時18分
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建築時は「耐候性鋼だから云々」と言っていたけど、50年しか持たなかったんですね。 デリーの鉄柱は1500年だから、昔の技術の方が長持ちするんですね(^o^)
2023年06月15日21時25分