TR3 PG@
ファン登録
J
B
先にも「庄川沿い桜並木 その2」で紹介したように、この辺りは江戸時代の加賀藩の治水事業で当時暴れ川だった庄川の流れを変えるため、大規模な堤防が築かれたところです。 かつては堤防の補強のため松の木が沢山植えられ、そこから「松川除(まつかわよけ)」と呼ばれています。 しかし、戦中の供出により松の多くが伐採され、今はその名残を残しているだけです。 が、戦前戦後と植えられた桜が大きく育ち、今は桜の花の時期に訪れる桜の名所となっています。