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松坂屋(現.大丸松坂屋)の初代社長である15代伊藤次郎左衛門祐民が、名古屋市千種区の覚王山に、大正から昭和初期に郊外別荘として建設した揚輝荘(ようきそう)の地階ホール。 壁画は、1938年インドから来日した留学生が描いたインドのアジャンタ石窟の写しとか。 植村直己さんなど日本の登山家・冒険家の本を読むと、インド・ネパールの生活で人生観が変わったとかあります。 そうしたこと、あるいは、仏教的な繋がりからインドへの憧憬が有ったのでしょうか (勝手な想像です)