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1978 『 変革期 』

1978 『 変革期 』

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    B

    現在のように主婦の多くが車で買い物に行くと云うような光景は無く、子供を背負って買い物に行き、 両手に荷物を持って歩く光景が「日常」でした。 庭付き平屋の府営・市営の住宅が次々に取り壊され、団地スタイルの高層住宅へと変貌していった時期です。 ※ 過去に投稿しました「日常」をノートリミングでの再投稿です。かるく流して下さい(^^♪   撮影:1978年

    コメント41件

    キュリー主人

    キュリー主人

    hinahinaさん、嬉しいコメント有難う御座います。 何をするにも体力がないと生活できない時代だったように思います。 同時に活力もあった時代だったようにも思いますね! 私に涙を拭かせてください!

    2016年04月13日18時55分

    B-Wing

    B-Wing

    キュリー主人さん、はじめまして! とてもいい写真ですね。 この時代はみんな生活はそれほど豊かでなかった(我が家だけかな?)ですが、 何か貧しいながらも心は豊かだった感じがします。 久しぶりに写真の王道に出会えました。 ニックネームもいいですね。(笑

    2016年04月13日18時58分

    キュリー主人

    キュリー主人

    B-Wingさん、初めまして。嬉しいコメント有難う御座います。 当時は深く考えずに撮影した写真ですが、今見ると時代の変遷を感じますね。 確かに貧乏当たり前の時代でした(我が家だけかな?^^) 仰っしゃる通り、心は豊かだったように思いますね! お褒めのお言葉、感謝です(^^♪ ニックネーム、いいですか!素直に喜んでいます(^^)

    2016年04月13日19時06分

    ダゲレ男タイプ

    ダゲレ男タイプ

    40年ほど前、確かにこんな光景を日常的に目にしていました!! 記憶の底に埋もれかけていた風景を蘇らせて頂きました。(^^) 余談ですが、、、 写真はイメージを作品にする手段であると同時に、 時代を写し止める貴重な記録でもある事を忘れてはいけませんね。 私は、どんなありふれた写真も消去する事はありません。 数十年後、きっと大切な記録になると思うのです。。。(^^♪

    2016年04月13日20時25分

    Ma Fu

    Ma Fu

    キュリーさん 高度成長期を突っ走ってきた片鱗を感じる作品ですね。 やっぱりキュリーさんのスナップは素晴らしい。 恐れ多くも、撮影にご一緒したいと思ってしまいました。

    2016年04月13日21時13分

    のえるが5656

    のえるが5656

    こんばんは。 わたしの子供時代もこの情景が日常でした。 今は便利な世の中になりましたね。 その昔は不便も楽しさの一つだったような気がします。 わたしには到底真似できない空気感・・・ 感慨深い想いで、いつも拝見させてもらってます。 できれば一度お会いしてゆっくりとお話伺いたいです(^-^)

    2016年04月13日22時51分

    キュリー主人

    キュリー主人

    Blue oceanさん、嬉しいコメント有難う御座います。 ある一つの時代を生きる。そのシーンの全てがドラマチックに蘇る想いがしています。 生きた時代の違いによって懐かしく思う光景も違うのでしょうね(^^♪

    2016年04月13日22時56分

    キュリー主人

    キュリー主人

    ダゲレ男タイプさん、嬉しいコメント有難う御座います。 目の前にある当り前がいつの間にか当り前でなくなっていくんですよね。 今はどんな田舎へ行ってもこのような光景を目にすることはないでしょうね。 私は写真に関してアマチュアですからジャンルに拘わりなく気ままに写真を楽しんでいます(^^) 生活感のある人物スナップはフィルム時代から好きでよく撮りました。 そのスナップが時を経ると、撮影時と違った意味を持つことを最近、痛感しています。

    2016年04月13日23時19分

    キュリー主人

    キュリー主人

    ma fuさんとのお付き合いが始まったのは私の古い写真がきっかけだったと記憶しています。 ma fuさんはよく海外に行かれるようですが、私はいまだに近場専門です(;_;) でも、先日の「ありんこ」では大阪城だったので、随分近くに来られたんだなと思いました。 連絡を取り合えればお会いできたのにと思いましたよ!同い年の友人として(^^♪ 嬉しいコメント有難う御座います。

    2016年04月13日23時38分

    potei

    potei

    素晴らしい写真とタイトルですね! 以前にも書きましたが、自分は商店街の子供の一人でしたので、 懐かしさと共に人同士の結び付きが深かった当時を想うと胸にグッとくるものがあります。 不便で何事も時間が掛かってしまうあの頃の方が、思い遣りと心のゆとりが感じられました。 この一枚で、1日の終わりに良い時間を持つことができました。感謝です(^^)

    2016年04月13日23時38分

    キュリー主人

    キュリー主人

    のえるが5656さん、こんばんは。嬉しいコメント有難う御座います。 当時はごく普通の日常的な情景で、頑張ることに抵抗感が無かったような気がします。 今は何もかもが便利になりすぎて、便利さに怖さを感じることがありますね。 只々古いだけが値打ちの写真をお褒め頂き、とても嬉しいです。 一度お会いして・・・・は私も同じ想いでいます。 私は大阪府和泉市在住ですが、のえるが5656さんのお住まいとは距離があるのでしょうか?

    2016年04月14日01時03分

    キュリー主人

    キュリー主人

    poteiさん、嬉しいコメント有難う御座います。 子供の頃、私は客の立場でしたが、買い物をするには言葉を発して お店の方と言葉のやりとりをして買うのが普通でした。 いつの間にか終始無言で買い物ができる大型スーパーができ、人同士の結び付きが 希薄になっていった変革期でもあったような気がしますね。 そう云う意味でも昔の買い物は人の温もりを感じに行く場所でもあったんですね。 poteiさんのお言葉に気付かされた思いです。 お陰で私も良い時間を持つことが出来ました。とても嬉しいです(^^♪

    2016年04月14日01時21分

    arima-tch(完)

    arima-tch(完)

    1978年と言えば、まだ電子レンジも大変めずらしい時代でしたよね。 輸入食品も舶来物と言われていた時代。 ある意味心豊かな時代でもあったように思います。

    2016年04月14日11時11分

    幸せ貯金

    幸せ貯金

    私にとって、まさに長い闘病生活の終焉を迎えようとしていた時代であります。 貧乏ながらも、私を健康な体にしてくれた両親になんの孝行もせずに 亡くしてしまった事を、今、胸が張り裂けそうな思いで拝見しております。

    2016年04月14日18時47分

    Ma Fu

    Ma Fu

    連投失礼します。 よく覚えてらっしゃいますね!思い出しました。確かそうでしたね。 海外へは仕事以外で行く機会はないんですよ。目的地へ行き、仕事して帰ってくるだけなので観光時間は基本無しです。 しかし、スナップ好きとしてはいつもと違う環境に写欲が湧きます。 先日、また出張ですが大阪へ行ってまいりました。帰りは少し時間があったのでジャンジャン横丁や、梅田食堂街などで くいだおれ(呑んだくれ)ツアーを敢行してまいりました。 キュリーさん、お酒はイケるクチでしょうか(笑)

    2016年04月14日22時12分

    micomico

    micomico

    いいお写真ですね。。 私の子どもの頃の情景をこうやって見ることができ、 すごく嬉しいです。 キュリー主人さんありがとぉ。

    2016年04月15日08時22分

    キュリー主人

    キュリー主人

    arima-tchさん、嬉しいコメント有難う御座います。 私はこの年代に家電販売をしていたことがあります。その当時、電子レンジは高価でしたよね~! 1ヶ月分の給料をはたいても買えないような時代でした。 そして「舶来品」。その言葉は買って自慢したくなる響きでした。 でも今は国産・国内産を強調して売る時代になっています。 価値観が大きく変わった現在。心の豊かさは変わらないで痛いですよね(^^♪

    2016年04月15日13時11分

    キュリー主人

    キュリー主人

    三式戦さん、貴重なお話、有難う御座います。 私も病に侵され弱っていく両親を看取りました。 後から思うんですよね~!細かな事まで色んな事を後悔しました。 親の子に対する優しさ・思いやりの気持ちをはねのけて強がってみたり・・・。 今頃になって親に謝りたいことがいっぱい出てきて・・・・。 私もこの文を打ちながら、涙が溢れてきました。スミマセン。

    2016年04月15日13時30分

    キュリー主人

    キュリー主人

    ma fuさん、再度のコメントありがとうございます。嬉しいです!^^ いつもと違った眺めを撮影するのは楽しいでしょうね! 私は父親譲りの下戸でアルコールはダメなんですよ(;_;) でも、話し好きなのでお酒の席も好きなんですよ♪ 今度大阪方面に来られる時は事前にお知らせくださいね! お会いして一緒に楽しみたいです。いやホンマ(^^♪

    2016年04月15日13時38分

    キュリー主人

    キュリー主人

    micomicoさん、嬉しいコメント有難う御座います。 古すぎてmicomicoさんにはピント来ないかも知れませんね(^^) でも、現在とは違う空気のようなものを楽しんで頂ければいいかなと思っています。 これからも古い写真をアップするつもりなので、また見てくださいね(^^♪

    2016年04月15日13時44分

    キュリー主人

    キュリー主人

    ken&mariさん、零細企業の悲しさ。申し訳ないです(;_;)

    2016年04月15日20時58分

    **しろつめ草の花冠**

    **しろつめ草の花冠**

    前作の"撮れなかった日"から4年後…、流れる河川沿いの原っぱなのですね。 光景の時代のお母さんは、ひたすらに家事にいそしんで、子育てを頑張って、 ささやかでも目一杯の手間暇をかけたお料理を拵えて、毎日を楽しみつつ、 時間を上手に紡いでいたのでしょうね。 子供を背中に背負って、両の手には家族の笑顔の素になる食材を提げて、 貧しくとも心は太陽だったのかもしれませんね。 運ぶ足に生きてゆく逞しさを感じ入りました。 お写真を拝見していましたら何故でしょう、涙が零れてきます。 素晴らしいお写真を見せていただけました。

    2016年04月16日00時29分

    キュリー主人

    キュリー主人

    **しろつめ草の花冠**さん、温かいコメント有難う御座います。 そうですね~。今の時代と比べると買い物一つにも時間と体力が必要だったでしょうね。 でも、それが当り前で苦労を苦労とも思わず家族を喜ばせ、その家族の笑顔を親は 生きる糧にしていたのかも知れません。 幼少時代の私の家庭も決して裕福とは言えず、どちらかと言うと貧乏でした。 ただ、貧乏であることが親の責任では無く、そんな時代なんだと子供心に理解していように思います。 いろんな物が簡単に手に入る時代になりましたが、逆にあの時代の心の豊かさを見つけることが 難しい時代になっているような気がします。 かつての親達は無償の愛で家族・家庭を守ろうとしていたのだなと、今、しみじみ振り返っています。

    2016年04月16日01時02分

    kareid@☛

    kareid@☛

    こんにちは! キュリー主人さんの70年代シリーズ大好きです。 お写真を拝見した後はいつもあの頃の記憶を辿って 思い出に耽ることが多いです。^^ 写真って凄いですね!

    2016年04月16日10時31分

    キュリー主人

    キュリー主人

    kareid@韓さん、コメントありがとうございます。嬉しいです。 他の年代も撮っているのですが多くを紛失してしまいました。 残っている昔の写真は70年代のものがほとんどで、その中から 自分が気に入っている写真(少ないです)をアップしています(^^; kareid@韓さんの思い出につながるような写真があれば、また見てくださいね(^^♪

    2016年04月17日09時45分

    yoshijin

    yoshijin

    当時私は3歳ですね~。まだ記憶がありません〈笑〉 5~6才頃から記憶が残っていますけども、アニメばかりです〈笑〉

    2016年04月17日14時24分

    クロノ

    クロノ

    今僕らが当たり前のように過ごしてる「日常」も、数十年後には「当時はこれが日常だった」と言われるんですね。 後世への「記憶」としての写真もいつかは撮りたいな、とキュリー主人さんの写真を見ると思います。

    2016年04月17日20時30分

    キュリー主人

    キュリー主人

    川鴉さん、嬉しいコメント有難う御座います。 そうですよね~。私とは時代が違いますからね(;_;) この頃から高度経済成長が急加速し、便利なものがドンドン出てきて 生活様式も様変わりしていった時代でしたからね(^^♪

    2016年04月18日09時41分

    キュリー主人

    キュリー主人

    アレスさん、嬉しいコメント有難う御座います。 若い頃にフィルム一眼で撮ったスナップ写真で、人物と景色が一緒に写っているのを今見ると、 記録的価値があるような気がしています。 だから、アレスさんの作品「縁日」が私は大好きなんですよ(^^♪

    2016年04月18日09時50分

    Ma Fu

    Ma Fu

    トレンドフォトへの選出、おめでとうございます!!!

    2016年04月19日23時34分

    キュリー主人

    キュリー主人

    ma fuさん、お祝いのメッセージありがとうございます(^^) 最近はチョクチョク選ばれて、今年に入ってからこの写真で 7枚目になりますが、古いのと新しいのとで半々です(^^; 新作で頑張らねば!と思っています(^^♪

    2016年04月19日23時50分

    トリス高尾

    トリス高尾

    道なき道を逞しく生きていた時代、 両親もこんな感じだったのかと。 これは学生時代に撮られたのですか? この場のキュリー君に会ってみたいナア。

    2016年04月22日01時16分

    キュリー主人

    キュリー主人

    トリス高尾さん、嬉しいコメント有難う御座います。 今見るとまさに母は強しで、逞しくなければ生きていけないって感じがしますね! 撮影時の私は既に社会人で20代前半とだけ言っておきます(^^; オヤジになって体重だけが豊かになった今のキュリーではダメですか?^^

    2016年04月22日02時43分

    JUNKIN

    JUNKIN

    ドラマを感じます。刺激になりました。ありがとうございました。

    2016年05月16日12時22分

    九亞

    九亞

    子供をおぶって歩く姿にジンときました。^^

    2016年07月14日12時38分

    キュリー主人

    キュリー主人

    JUNKINさん、嬉しいコメント有難う御座います。 1970年の万国博覧会を期に日本は高度経済成長の波に乗ってゆきました。 そんな波が遅れ馳せなからも地方にも押し寄せ、飲み込まれていきました。 時代の新旧が入れ代わろうとしていた時代だったんですね!

    2016年07月14日23時20分

    キュリー主人

    キュリー主人

    九亞さん、嬉しいコメント有難う御座います。 この時代、特に田舎はあぜ道のような所を買い物への近道にしていたのでしょうね。 当然、路面状態が悪いので乳母車は使えず、子供をおぶって歩いていたんだと思います。

    2016年07月14日23時31分

    tobeinside

    tobeinside

    昔の写真は貴重なだけに、訴えて来る力がありますね。当時の匂いすら想像させられる写真です。 それにしても、キュリー主人さんの写真のコメント欄では、皆何かしらを想い、叙情的になりますね笑 心の根っこが揺さぶられる気がします。

    2017年04月22日13時27分

    キュリー主人

    キュリー主人

    tobeinsideさん、嬉しいコメント有難う御座います。 この写真の頃はカメラ仲間と云うか、幼なじみが集まって写真を撮りに出かけ、 夜にD・P・Eをするのが楽しくて仕方がない時代でした。 その時代やその後の時代。目にとまったものにレンズを向け、 スナップ写真を撮ってきましたが、人物や建物が写った写真は後に 時代と云うものの記録性を兼ね備えていることに気づき、 いまだに日常生活を撮影することに、一番写欲が高まります (^^♪ ファン登録して頂きありがとうございます。 私もファン登録させて下さいね! またお邪魔します (^^♪

    2017年04月23日04時00分

    こうつく

    こうつく

    キュリー主人さん、こんにちは。 以前拝見した「昭和な・・・「日常」のノートリミング版ですね。 前回は子供を背負う主婦に目がいきましたが、周囲の風景や工事現場を 入れることで住宅の変化と当時の主婦の姿が重なって思いだされます。 時代を記録した貴重で素晴らしい作品ですね。 1978年、私が住んでいた地域に高層と呼べる建物はありませんでしたが、 市内でも札幌に近い地域はマンション化が進んでいました。 民家は木造や赤レンガ造り、新築の家は木造モルタルでした。 平坦な地に住んでいたので母は乳母車を使っていました、今は乳母車とは言わないですね(;^_^A

    2021年11月06日01時04分

    キュリー主人

    キュリー主人

    こうつくさん、こんにちは。 嬉しいコメント有難うございます。 「日常」プリントをスキャンしたものでしたが、「変革期」ではネガをスキャンしました。 撮影した当時に切り取ったままの画面で「日常」より周囲の情報量が増えて、私自身いろいろ思い出すことがありました。 この頃から建築物は高層化され、チョットした高台からでも見えていた大阪湾が見えなくなり、毎年楽しみにしていた花火大会も見えなくなりました。 そんな時代の変革期の撮影だったと思い、タイトルを変えました。 当時の家屋と現在の新築の家とはかなり違い、瓦屋根の家も少なくなってきましたね。 子供の頃、先ほどの花火大会をしていた自宅から4Kmほど離れた助松海水浴場まで幼い妹を乳母車に乗せ私が押して、家族で歩いて海水浴に行ったのを思い出しました(^^♪

    2021年11月06日22時29分

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    • 1973『 気どって高野山 』
    • 「棚田を守る Ⅲ」 もう一息
    • 1974『 通りすぎる 』
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    • チンチン電車が通る町 5『 風街ろまん 』
    • 1974『 張り切る男子たち 』

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