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これは以前投稿しましたが、今回撮り鉄クラブ用に再投稿します。 ICE(ドイツ新幹線)の駅で。 ミトローパがめずらしかったので、ふと見るとその後ろのはDresdenの文字の電車。 昔の東ドイツのかなと思って撮ったら、そうでした。ロゴが見難いですが。 なにげなく撮って、帰ってきて調べたら、いわくつきの電車でした。 知っていれば、もっとたくさん撮ったのに。 でも電車が来るまでの短時間だったので、これに気がついただけでもよしとしなくては。 コメント欄をご覧ください。
勉強になります^ ^ ドイツでは、食堂車や寝台車が国鉄とは別の会社で運営されていたということなんですね。 日本でも国鉄時代、新幹線を除く食堂車は日本食堂という会社の独占運営でしたが、寝台車は国鉄本体が管理運営していました。 このミトローパとロゴの入った車両、年季が入りモダンな雰囲気満載ですねぇ^ ^
2020年07月19日09時14分
良く調べて頂いての説明ありがとうございました。 ドイツの鉄道事情がちょっと分かりました。 自国の鉄道事情すらよく知りませんので ぢ~ちゃん同様忘れる自信ありです(≧▽≦) 食堂車の付いた高級列車いいですね。 乗ったことなしです。いつも駅弁が唯一の楽しみです。
2020年07月19日21時19分
コンサま、 このころはただ珍しいと直感的に思って撮っただけです。 後で調べて驚きました。 こんな歴史ある電車がなぜこの時走っていたのか、不思議です。 何らかのイベントだったのかも。
2020年07月19日23時58分
yoshi.sさま、 何処の世界も競争で勝ち抜いて生き残るのは大変なのですね。 どこかで妥協していかなければならないのでしょう。 無常を感じます。 ただ、これらの電車がなぜこの時走っていたのかは不思議です。
2020年07月19日23時59分
はなちゃん、 いろいろ社会の変化によって対応がされて行って、 簡素化されるのでしょうか。 民営化によって日本の駅は良くなったのでしょうか。 大きな駅ではバリアフリーだの、エレベーターだの工事が進んでいるようですが、 大田舎の故郷の駅は駅員もいなくなり、さびれています。 お父様が国鉄にお勤めだったのですか。 近所にも国鉄職員の方が住んでおられ、無口だけどとても実直な人でした。
2020年07月20日00時10分
ミー姉ちゃん、 私も忘れる自信ありあり。(笑) 日本には駅弁があるのがいいですよ。 その土地それぞれに特産品があって、それも旅の楽しみの一つですよ。 こちらの車内販売は味気ないです。
2020年07月20日00時15分
阪急電鉄のようなチョコレート色に親しみを覚えます。 下の車両を見ているうちに、脈絡もなく『カサンドラ・クロス』というサスペンス映画を思い出しました。
2020年08月14日08時31分
企迷羅鼠(kimera)さま、 お返事遅くなりすみません。 そうですね、阪神電車もチョコレート色、いわゆるマルーンですね。 マルーンは"英語でmaroon、暗い赤みを帯びた茶色の大形の西洋栗による名。 フランス語の「マロン」(marron)から来た語。暗い赤。"(色の手帖より) 下の車両は年代物ですからね。
2020年08月18日01時41分
旅鈴
ミトローパ:Mitropa AG (Mitteleuropäische Schlaf-und Speisewagen Aktiengesellschaft) は1916 年に当時のドイツ帝国にて設立された、鉄道寝台及び供食サービス提供事業者。 中央ヨーロッパ寝台・食堂車株式会社とも訳される。(中略) 第二次大戦後の国家分裂や、東西ドイツの合併後もしぶとく生き残ったが、 2006年に事業の全てを関連会社へ譲渡し、廃業。 末期のミトローパは、鉄道駅やアウトバーンのサービスストップにおける レストラン及び宿泊設運営を主業務としていた。 ミトローパが長年看板事業としていた食堂車、寝台車でのサービス提供は、 現在民営化されたドイツ鉄道株式会社(DB AG)の長距離列車部門である ドイツ鉄道旅行・観光会社DB Reise&Touristik AG傘下の シテイナイトライン社へ引き継がれている。 (ウイキペディアより) ドイツ帝国鉄道: 1919年に設立され、第二次世界大戦終戦までのドイツにおける国営鉄道である。 1949年に、ドイツがドイツ連邦共和国(西ドイツ)とドイツ民主共和国(東ドイツ)に 分裂したことによって、西ドイツでドイツ連邦鉄道(DB)、東ドイツでドイツ国営鉄道(旧称を保持)に分割して継承されるまで存在した。(ウイキペデイアより)
2020年07月19日00時37分