あずき。 ファン登録
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仕事で生活のお手伝いさせてもらってたおじいちゃんが亡くなりました。無口で堅物な方でした。あちらの世界でも素敵な板前さんでいてね。
kazu-pさん なんとなくこの写真の寂しさと今の気持ちが重なったので…(´・ω・`) この方だけじゃなくて、これまでにお別れした方皆さんが「生きるとは」「人間の最期とは」を教えてくれています。色々な見方がありますが、私はこの仕事を誇りに思っています。♪(´ε` )
2018年11月28日20時16分
人が亡くなって寂しいのは、自分を知る人が居なくなるからだ。と仰ってた方が居ましたが、確かに!と思う事もあります。 思い出に生きているというのは、本当だと思います。 思い出の中では、笑顔や声がそのまま残っていますから。 思い出も大切にしてくださいね!
2018年11月28日20時41分
れもん100%さん、おはようございます。 こちらこそコメント入れていなくてすみません。 そしていくつものお気に入り、ありがとうございます。 それにしても、れもん100%さん、大した腕前ですね。 感性も鋭そうだし、文章もとても上手。 ところで、「またね」は、れもん100%さんとおじいさま、どちらの台詞なんでしょうか? 両方かな? 旅立つイチョウの右斜め上に、小さな欠片(?)のようなものが浮かんでいますよね。 何だか、あれこそがれもん100%さんにしか分からない大切な大切な「彼」からのメッセージのように思えてなりません。 花や葉っぱが散ったとしても、元の樹があるかぎり、きっとまた同じ場所で出会えますよ。 たとえ気づかなかったとしても・・・。 それでは、あらためてよろしくお願いいたします。 「またね」。
2018年11月29日06時57分
くまたんさん 自分を知る人がいなくなるからというのはもっと歳を重ねたらより強くそう感じるようになるのかもしれません。私の場合はですが!^_^ 人の死は2度あるといいます。思い出の中に生きている限り2度目の死はありません(*^^*)ゆっくり休んでねと言いたいです。
2018年11月29日07時55分
tama-digitalさん 叔父さん若くして亡くされたんですね(´・ω・`) それは叔父さんきっと天国で喜んでますね^_^ 素敵なエピソードです(*´-`)
2018年11月29日07時57分
ペペロンターノさん コメント返したの気付いて下さったのですね!∑(゚Д゚) なぜかコメント見落とすことがあって申し訳ないです。 嬉しいけど全然そんなことないですよ(´ー`A;) アセアセでもそんな風に言っていただいてありがとうございます(^ ^) 「またね」は私からの言葉です。木から散っていくイチョウと、人生を終えて旅立つおじいちゃんが私の中で重なりました。周りの欠片は命の儚さを伝えるおじいちゃんからのメッセージのように私は感じます^_^ 素敵なコメントありがとうございます。またね(*^^*)
2018年11月29日08時05分
kazu-p
こんばんは、 素敵な銀杏の作品だと思いましたが、コメントはちょっと寂しい内容ですね。 おじいちゃんの思い出はれもんさんの中にずっとあるのを忘れずに、次のお仕事も頑張ってくださいね。人との出会いを大切に出来るいい仕事をされていますね。
2018年11月28日19時43分