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写真指編、をご紹介します。 これまでにも、写真掌編(掌に書けるほどの文)を紹介して来ました。写真句(俳句)、写真歌(短歌)、写真詩、写真エッセイ、写真小説(短編、掌編、連載)、などを総称した言葉です。 さらにこの度、これに写真指編を加えたいと思います。これは写真に、指に書けるほどの文、つまり1〜5文字程度を付けるものです。いきおい、題名になることがほとんどでしょう。写真作品の本質を捉えた題名作り、と言ってもよいでしょう。 これは、写友、ジョニー森永さんの作品に想を得たものです。 *下につづく
写真指編のコツは、例えば、花を撮っても題名を、花、とはしないで、代わりに、春光とか、春の風、とかとする。つまり、ことば/題名は、全体の気配/雰囲気などを表すものとすることです。 写真指編の概念はいまできたばかりです。ポジティブなご意見を歓迎します。
2021年04月16日01時15分
写真指編、良いですね。気軽に程よく頭を捻れますし、撮影そのものも楽しくなりそうです。私も挑戦させてください。 撮った写真を見てポンとお題が出てくれば素敵ですし、逆に光景を目にして浮かんだ題をイメージして撮るようになれれば嬉しいですね。
2021年04月16日08時13分
あなたやジョニーさんのような味わい深い作品は撮れないけれど、チャレンジしますね また、見に来てくださいませ(^-^) ことば/題名は、全体の気配/雰囲気を表す というところに共鳴します
2021年04月16日08時37分
ことだまさん、はなてふさん 早速のご賛同、嬉しく思います。 お二人とも、すかさず趣意をつかんで下さいましたね。 ことだまさんのコメ、下二行は、まさしくその通りだと思います。 はなてふさんのコメ、下一行は、このアイディアの核心です。 しかし、いま始まったばっかり。一体どんな感じになるのか・・。 みんなで作って行きましょう。
2021年04月16日09時24分
yoshi.sさん、おはようございます! もちろん、わたくしも参加させてください! 見たままではなく、 見えないもの感じたものを言葉にして、全く新しいものを創造するのですね。 楽しそうです♡
2021年04月16日09時58分
HATTUさんもご賛同下った。嬉しいですねえ。 おっしゃる通りです。 自分なりのものを、みんなで作って行きましょう。 それぞれの感性が楽しみです。 私は、画と併せて余韻が感じられるような指編(題)を作りたいな。
2021年04月16日10時51分
ことば/題名は、全体の気配/雰囲気を表すって私もそう思います^^ いつも言葉が浮かんで、それから写真を選ぶことも多いのです^^ 5文字におさめるのは難しそうですが、おさまりそうなときは トライしてみますね^^
2021年04月16日14時06分
気に入った写真が撮れた時でも題名となるとハタと悩みます。 いつもありふれたものになっています。 題名で見て頂きたいことの本質が表せたらきっと嬉しいと思います。 できないまでも考えることに意義がありそうです。
2021年04月16日23時21分
そう、micchyさん、そうです。 写真は自分の撮った画でありながら、画になってしまえばもう自分の範囲を超えてしまうものです。その独立した画が何を言っているのか、それを見つけることは、楽しい探索の旅です。おぼろげにでも見つけたら、短いことばにする。それはもう文芸だと思うのです。俳句よりも短い文芸。だからこそ写真と表裏一体である必要があります。michyさん、ぜひやってみましょう。
2021年04月17日00時04分
ここのジャンルは、ちょっと対象がずれるのですが、日本人発明の「絵文字」をどう考えるかという検討の中で、時々考えています。 日本語は多分世界で最も可塑性のある言葉で、特に書き言葉に漢字、ひらがな、カタカナを持っていて、他の言語も時にはかな、あるいはそのままで取り込んできた。そこに加えて絵文字を発明してしまった。 そういった状況の中であるものに対する自分の感情を、いかに表意するか。伝える対象が狭いか広いか、質はどうなるのか など 考えるべきことはたくさんあります。 私はおとなしい範囲でクロスオーバーさせる実験をやっています。 いずれにせよ、写真のジャンルでの感情の短い単位での伝達というのは面白いテーマで、ぜひいろいろ試してみてください。
2021年04月17日01時09分
頑張れ!てんちゃんさん 書は言を尽さず,言は意を尽くさず、と言います。 その尽しにくい意を一見にして了解させようというのが、百聞は一見に如かずの写真だけれども、画であるが故に作者の思いを尽せぬきらいがある。それを補うのが一言、短いことばです。これを短編、掌編に比して、指編と名付け、文芸の一としたのです。 写真指編、ぜひてんちゃんも頑張れ!
2021年04月18日00時44分
ジョニー森永さん 写真指編の始まりであるこのページに、その淵源であるジョニーさんにお越しいただき、うれしく思います。 ジョニーさんの題、写真のスタイルに名を付けたものが写真指編です。どうぞそのままおやり下さい。これからもお手本にします。
2021年04月18日10時11分
すご~く訪問が遅くなりました。 こういうことだったのですね。 楽しい試みです。私も挑戦してみましょう。 と言ってもここ最近投稿や訪問がままならないのです。 あまり期待なさらずお待ちくださいね。
2021年05月06日19時39分
旅鈴さん やっているうちに分かって来たのは、写真だけでも不十分、言葉だけでも言い表せない。写真と短い言葉(指編/5文字程度)の相互作用によってはじめて、ああなるほど、と合点がいくような、そんな写真と言葉のコラボ。そういうものが目指すものなのかな、と見えて来ました。 じっさい、花を撮っても、その花自体を写したいと思って撮っているのではなくて、花の何か、自分がその花から感じたもの、きっと撮影者は、それを撮りたいと思っているのではないでしょうか。たとえ自分がはっきりと気づいていなくとも。 つまりこの試みは、いったい自分はこの対象物の何を撮っているのだろう、と自らに迫る行為なのではないかと思っています。
2021年05月06日20時16分
遅ればせながら参加させて頂きます。写真指編は哲学に通じる文芸と解釈いたしました。”いったい自分はこの対象物の何を撮っているのだろう、と自らに迫る行為なのではないかと思っています。” この言葉に痛感しております。
2021年09月24日08時39分
おお、Khmerさん、おっしゃる通りです。早くも核心をつかまえましたね。 大歓迎です。 タイトルにでも、タグにでも、写真指編の語をどうぞ。併せて、掌編のタグも。掌編クラブの略で、写真+文芸を好む人の緩やかな集まりです。クラブと言っても、ルールも何もありません。タグに付けるだけで、同好者の作品に繋がります。
2021年09月24日11時06分
yoshi.s
*上からのつづき 詳しくは、ジョニーさんの、春寒、をご覧下さい。 https://photohito.com/photo/10307128/ 同ページに寄稿した、写真指編発想についての私のコメントを転記しておきます。 この画は、詩ですね。いやもっと削ぎ落とした、俳句、と言ってもいいでしょう。写真と俳句ではなく、写真がそのまま俳句。 いやちょっと待てよ、題が春寒・・。画はこれに尽きてる。二文字。俳句を通り越して、掌にもとどまらず、指に書ける。 写真指編だ。 新しいジャンルが生まれましたよ、ジョニーさん。 定義は次の通り。 写真は、事物を主題としたものではなく、季節感や空気感といった、気配を表現するもの。 題は短く、最大5文字。事物を指すのではなくその気配を表現する言葉。 如何ですか? この画と題がモデルです。
2021年04月16日01時15分